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2007年1月29日 (月)

173.友だちの死。

私がはじめて「死」に直面したのは、
小学校4年生のときでした。
 
 
同じクラスのHちゃんの死、でした。
  

  
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当時、学校が終わると、ランドセルを置いて、
また学校に集合して、日が暮れるまで遊んでいました。
 
   
その日も、いつもと同じように、学校で遊んでいました。
 
 
「ちょっと~、きて~」という声がしました。
遊具に集まると、足を痛めたHちゃんがいました。

近所の家に行って救急車を呼んでもらう係、
職員室に行って残ってる先生に報告する係、
Hちゃんの近くで励ます係、この3つに別れました。

私は、とても仲がよかったので、「励ます係」になりました。
でも、どう励ましたか、おぼえていません。
 
 
  今、考えると、4年生なのに、とても手際よく、
  それぞれの「係」に別れたと思います。
  そして、みんな、Hちゃんを助けようと一生懸命でした。
 
 
 
Hちゃんの元気な姿を見たのは、この日が最後でした。

 
翌日、先生からは、
「骨折がひどくて、入院しています」 とのお知らせがありました。
 
  
骨折したのは、10月でした。
運動会も発表会も出ることができませんでした。

そして、2ヶ月も骨折で入院していました。

その間、担任の先生は1度だけ、
「今週は、具合がいいみたいだからお見舞いに行っていいよ」
と言ってくれました。

 

病院のHちゃんは、少し痩せていました。
でも、「みんなと早く外であそびたい」と言っていました。

私は、痩せたHちゃんを直視することができず、
早々と病院を後にしたのを覚えています。

4年生だったから、「骨折で2ヶ月入院」ということが、
おかしなことだと思うことは、ありませんでした。
 
「早く元気になってね」
 
そんな手紙を、毎日、担任の先生に渡してもらっていました。

12月、先生からみんなに報告がありました。
「Hちゃんは、盲腸になってしまって退院が延びてしまいました」

「そうか・・・」

寒くなってきたので、外遊びも少なくなってきました。

 
5年生にあがるとき、クラス替えがありました。

発表は4月だったのですが、担任の先生は、こっそりと
「5年生になってもHちゃんと同じクラスだからよろしくね」
と、私に耳打ちをしました。
 
 
 
   

  
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春休み直前、Hちゃんは、
隣の市にある大学付属病院にうつっていました。

でも、先生は、私たちには言ってくれませんでした。

そして、春休み中の3月28日、担任の先生に呼ばれました。

私を含めて、仲のよかった友だち4人は、
先生の車に乗せられて、大学病院に向かいました。

Hちゃんの最期が近かったのは、この時、分かりました。
そのときも、痩せてしまったHちゃんを直視できませんでした。

先生が、いつもより口数が多かったことと、
病院帰りに先生がごちそうしてくれたラーメンだけ、
今でもはっきりと覚えています。

数日後、Hちゃんは、亡くなりました。
小児ガンで、出血が止まらなくなってしまったとのことでした。

春休み、クラス全員で、葬儀に向かいました。
ほとんどの子が葬儀がはじめてで、黒い服のない子ばかりでした。

Hちゃんは、春の花に囲まれて眠っていました。

今にも動きだしそうで、走り出しそうで、
みんな、Hちゃんを揺さぶり起こそうとしました。

そして、大泣きしました。
 
  
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はじめての「死」は、こんなに早くきました。 
 
担任の先生は、葬儀の帰り道、みんなに言いました。
 
 
 「命の尊さ」を忘れずに。
 Hちゃんの分まで、がんばるように。

  

私は、Hちゃんの分までがんばれてるか分かりませんが、
「命の尊さを忘れずに」という言葉は、心に刻んであります。

内容は重たいですが、明日に続きます。 

  
  
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